KATEKYO知恵袋
200基以上の分身がある⁉知っているようで知らない富士山のこと
2022年06月01日
日本全国、おそらく富士山のことを知らない日本人はいないのではないかと思います。
そのくらい日本のシンボルのような富士山。今回は富士山のお膝元、静岡県・山梨県に住んでいる皆さんにはぜひとも知っておいてもらいたい、富士山にまつわる話をご紹介します。
標高: 3,776 m
山梨県(富士吉田市、南都留郡鳴沢村)と、静岡県(富士宮市、富士市、裾野市、御殿場市、駿東郡小山町)に跨る活火山。
「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」として平成25年6月22日に「文化遺産」に登録。
その優美な風貌が海外でも日本の象徴として広く知られている山。数多くの芸術作品の題材とされ、芸術面のみならず、日本人の自然に対する考え方や日本文化に大きな影響を与えている存在。
今では世界中から多くの登山者が訪れる富士山ですが、一番初めに富士山に登った人を知っていますか?それは663年に登頂した、役小角(えんの おづぬ)という人だったと記録に残っています。
役小角は熊野や大峰の山々で修行を重ね、病気を治癒させる呪術が使えたと伝えられています。その呪術があまりに優れていたために時の政権に恐れられたのでしょうか。文武天皇の命令により、人々を惑わせた罪で伊豆島へ流罪になります。役小角はそこから海上を渡って富士山へ登ったそうです。とても人間とは思えない、神がかった伝説ですね。
その理由のひとつは山岳信仰にあるのかもしれません。日本には古くから、山を神聖なものとして崇拝する山岳信仰があります。とりわけ、日本一高くそびえる富士山に対する信仰はあつかったと考えられます。
富士山を神と見立てて信仰・崇拝の対象とすることを富士信仰といいます。
富士山が噴火を繰り返していた頃、激しく噴き上がる火に人々は怒る神の姿を重ね、崇拝するようになったのが富士信仰の始まりといわれています。噴火が鎮まってからは、富士山頂は仏が神の形となって現れる場所と考えられ、富士山の持つ霊力を得ようと、山頂を目指して修行をする者が出てきました。室町時代後半には修行する者だけでなく一般庶民も登るようになり、富士山の神仏のご加護を受けようと登る富士登拝(とはい)は次第に普及していきました。
そして江戸時代には、「江戸八百八講」と言われるくらい、たくさんの江戸庶民が講を組んで富士山を目指しました。「講」とは宗教的な団体のことを指し、「富士講」は町内や地域の人たちで巡礼費用を共同で積み立て、年に一度、代表者数名が富士山への登拝や周辺の巡礼地での修行を行いました。
こうして、江戸時代に庶民の間で爆発的に広がった富士信仰ですが、もともと富士山は霊山として修験者のみが立ち入りを許されていた場所であるため、女性の入山は明治時代まで禁止されていました。また、病気などで富士山への登拝が困難な人も多くいました。
そのような人々のために、誰でも気軽に参拝ができて、実際に登拝したのと同様の御利益が得られる場所として、富士山を模した「富士塚」がつくられ始めました。富士塚では毎年、富士山の山開きと同じ日に露店が立ち並び、老若男女が列をなして塚を登ってにぎわったそうです。富士塚の築造は江戸を中心に、昭和前期まで続き、近隣各県を含めるとその数は200基を下りません。
アウトドア派におすすめ!富士山の頂上で結婚式
ところで、大昔より信仰を集める富士山の山頂で、結婚式を挙げられることを知っていますか?富士山頂にある富士山本宮浅間大社は、家庭円満・安産などの神としても敬われています。
富士山での挙式は、一年のうちで7月15日〜8月15日の約1か月のみ可能です。3か月前から申し込みを受け付けており、10万円の初穂料を支払えば、誰でも挙式ができるそうです。頂上まで自力で登るのは大変かとは思いますが、二人で力をあわせての登山と、日本一の山の神に見守られての挙式は、一生忘れられない素晴らしい体験になりそうですね。
最後に、ここまで読んで富士山に登りたくなったあなたに!山開き情報をお伝えします。
例年山開きは7月1日、開山期間は9月10日頃まで。
毎年6月にその年の山開きが正式発表されます。富士山の開山期間は約2カ月と短く、期間内に多くの人が登山に訪れます。例年は梅雨が明けた後の7月下旬頃から混み始め、週末やお盆、祝日は特に混雑します。土曜に登り日曜に下山するスケジュールを立てる登山客が多く、登山道で渋滞が起き、思うように進めないことも。
山小屋や他施設も快適に利用でき、自分のペースでゆっくりと安全に歩ける、混雑しない平日の登山がおすすめです。
今回は富士信仰についてご紹介してきました。一生に一度はチャレンジしてみたい富士登山。もし難しいようなら、あなたのお住まいの地域に富士塚があるか探してみてはいかがでしょうか?