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ルネッサンスの闇

2020年10月16日

ローマ教皇と言えばカトリック教会のトップに立つ人であり、神の代弁者のような人です。
そのような人が家伝の毒で何人もの人を殺していたと言うのを信じますか?
第214代ローマ教皇アレクサンデル6世は在位が1492〜1503とルネッサンス真っ盛りの時期に
バチカンを支配した人物です。彼はスペインの田舎貴族の出身でしたが、上昇志向の強い野心
家であらゆる術策を弄してローマ教皇になりました。
彼の娘ルクレティアはルネッサンス期きっての美貌を誇り、息子のチェーザレはイケメンで
あり知力胆力に優れていました。教皇はこの二人と手を取り合って、当時のイタリアの有力者
の追い落としにかかりました。教会の牢獄に繋ぎ、家伝の猛毒カンタリジンとヒ素で殺した後
に家財を没収していました。
特にヒ素は元素そのものから多くの化合物までが毒性を持ちますが、なかでも良く使われたのが
亜ヒ酸(三酸化ニヒ素 As2O 3)です。これは水に良く溶け無臭なので使いやすかったのです。
ヒ素中毒の症状は多岐にわたりますが重篤な場合は重要な代謝酵素が阻害され多臓器不全を生じ
る事によって死に至ります。しかし、暗殺される方もそれなりに防御を巡らします。
そこで、ヨーロッパで考え出されたのが銀食器だったのです。
銀は美しく輝く金属ですが、硫黄Sと出会うと硫化銀Ag2Sとなり黒変します。
これと同じように銀がヒ素と出会うと黒くなりヒ素の存在を教えてくれると当時の人は信じていました。
その為にルネッサンス期に彫刻をふんだんに施した華麗な銀食器が量産されました。芸術的な意味と
同時に暗殺から逃れようとする支配階級の切実な思いがこもっていたのです。
しかし残念ながら、銀はヒ素と反応して黒くはなりません。
ただ、当時のヒ素には精錬技術が低く硫化ヒ素As2S3などが混じっていて銀はヒ素では無く硫黄と
反応して黒くなっていた可能性があります。
そしてこの様な暗殺によって手にしたお金がラファエロやボッチチェルリに渡って美人画が誕生したのです。
ここにルネッサンスの闇を感じます。
そして銀食器が貴族の間で一般化され、優れた銀工芸が発達したと言う何とも複雑な状況も興味深いです。
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        藤枝事務局 T.U先生